従来の「山頂を目指す登山」から一歩離れた、新しい山の楽しみ方として注目される「フラット登山」。佐々木俊尚氏が提唱するこの概念は、歩くことそのものを目的とし、自然との穏やかな対話を重視します。登山が辛いと感じていた人にこそ伝えたい、軽やかで深い山の楽しみ方をご紹介します。
登山と聞くと、「山のてっぺんまで登るもの」「頂上で絶景を見るもの」といったイメージが強いかもしれません。実際、SNSでも「登頂成功!」の写真が多く、「どこの山?標高は?」といった会話が交わされます。
でも、そもそも登山の楽しさって、頂上にあるのでしょうか?
息を切らせて登る急登よりも、森の中を歩いている時間の方が心地よかったり、道ばたに咲く小さな花にふと癒されたり。そんな“道中の体験”の方が、心に残ることも多いのではないでしょうか。
「今日は頂上まで行かなくてもいいか」──そう思えると、登山がもっと自由になります。
あえて山頂を目標にしないことで、プレッシャーから解放され、道草や寄り道も楽しめるようになる。気になる小道に入ってみたり、風の音に耳を澄ませたり。それは「歩くこと」そのものが目的になっている証です。
こうしたスタイルの山歩きは、「フラット登山」と呼ばれています。
山歩きに慣れていない人にとって、登山は「つらそう」と思われがち。でもフラット登山なら、自分のペースで、気持ちの良い道だけを選んで歩けます。
山頂は、行っても行かなくてもいい。大切なのは、その日その場所で自然と向き合う時間を、自分なりに心地よく過ごせること。
そんな“ちょっと力を抜いた山の楽しみ方”があってもいい。むしろ今の時代にぴったりの登山スタイルかもしれません。
「山を歩く」=「山頂を目指す」。そんな固定観念を手放してみると、自然の中の時間がまったく違ったものに感じられます。
たとえば、森の中をゆっくり歩いているだけで、木々のざわめきや鳥の声、小川のせせらぎに心がほどけていく。そこには、到達すべきゴールも、登頂の達成感もいりません。
むしろ、“いまここ”を楽しむことこそが、登山の本質じゃないか?──それが「フラット登山」の出発点です。
フラット登山では、ゴールはありません。歩いている時間そのものが目的だからです。
光が差し込む森の中、しっとり湿った落ち葉の感触、吹き抜ける風のにおい。そんな五感で味わう“自然との対話”が、このスタイルの一番の魅力です。山頂に向かうという「目的」にしばられないからこそ、歩くペースも、休むタイミングも、自分の気分次第。
「こんな道を歩きたいな」
そう思えたら、それがもう登山のはじまりです。
「それって散歩じゃないの?」と思う人もいるかもしれません。たしかに、舗装路を軽く歩く散歩と比べれば、フラット登山はちょっとハード。でも、本格登山ほどの体力や準備もいらない。
言うなれば、“自然の中を深呼吸しながら歩く旅”です。散歩のように気軽に、でももっと深く自然の中へ。そんな「いいとこどり」の山歩きが、フラット登山なのです。
フラット登山では、コース選びの基準がちょっとユニークです。
距離や標高差ではなく、まず大事にしたいのが「気持ちよく歩けそうかどうか」。森の中を抜ける小径や、小川沿いの遊歩道、季節ごとに景色が変わる草原のあぜ道…。そういう“ただ歩いて楽しい道”を選ぶことが、この登山スタイルの核になります。
目的地を決めてそこへ向かうのではなく、「この道を歩きたいから行く」──そんな考え方でOKなのです。
フラット登山で歩く道は、必ずしも登山道とは限りません。
たとえば、鉄道の廃線跡を活用した「アプトの道」や、林業用の作業道、農道、里山の生活路など、バラエティ豊かな道が“舞台”になります。道の種類に縛られず、自然に近い感覚で歩けるかどうかが大切です。
舗装されていても、木漏れ日が心地よかったり、谷から風が抜けていたりすれば、それは立派な「フラット登山ルート」になります。
こうした自由なルート選びをしていると、自然と“お気に入りの道”ができてきます。
観光地として有名な山でなくても、自分の足で見つけた気持ちのよい道は、また歩きたくなる特別な場所になるはず。
「今日はこの道の途中まで歩いて、のんびりお昼を食べよう」
「日差しが気持ちよさそうだから、あの高原の道にしよう」
そんなふうに、気候や気分に合わせて道を選ぶことも、フラット登山の大きな楽しみのひとつです。
登山を趣味にしていると、よく聞かれる質問があります。
「最近どこ登ったの?」「○○山、登ったことある?」──こうしたやりとりの中には、知らず知らずのうちに“経験マウンティング”が潜んでいることも。
「何座登ったか」「標高はいくつか」といった数字で語られる登山は、競争的になりがちです。
でも、それってちょっと疲れませんか?
山はもっと自由な場所のはずなのに、比較や評価の場になってしまうのは残念です。
フラット登山は、そうしたヒエラルキーから距離を置くスタイルです。
標高が低い山でも、道の途中に美しい渓流があったり、森の香りが心を癒してくれたり、そこにしかない魅力があります。
有名な百名山だけがすごいわけじゃない。名前もない里山だって、歩けばじんわりと心が満たされる。山にはそもそも、優劣なんてないんです。
むしろ、「登った山の数」や「難易度の高さ」よりも、自分にとって気持ちのよい時間を過ごせたかどうかを大事にしたいところ。
フラット登山には、ペース配分も、登頂時間も、計画どおりにいく必要もありません。
気分次第で立ち止まってもいいし、予定より早めに切り上げてもいい。疲れたら帰る、景色に癒されたらそこで満足──そんな“自分本位の山時間”が許されるのが魅力です。
だからこそ、登山ビギナーや体力に自信のない人も、無理なく始められる。
山の上ではなく、自分の中にある「心地よさの感覚」をゴールにすればいい。そんな登山スタイルが、今、少しずつ広がっています。
フラット登山は、目標の山頂がなくてもいい。だからこそ、スタート地点の自由度が高いのが魅力です。
「この森の中を歩いてみたい」「この川沿いの小径、気になるな」──そんな“気持ちのよさそうな道”を起点にしてOK。
最初は、地図アプリや観光ガイドの「ハイキングコース」などから選ぶのが安心です。距離は3〜5km程度、標高差が少ないルートがおすすめ。里山や公園の延長線にあるような場所からでも、十分フラット登山は始められます。
歩くことがメインのフラット登山では、靴がとても重要です。
とはいえ、重くてゴツい本格登山靴は必要ありません。舗装路と未舗装路の両方に対応できるミドルカットの軽量シューズがちょうどいい選択。
たとえば「ゴアテックス採用・片足400g前後・歩きやすいソール形状」などを基準に選べば、快適に歩けます。モンベルやサロモン、スポルティバなどが人気ですが、最終的には自分の足に合うかどうかが最重要ポイントです。
初めての一足なら、専門店でスタッフに相談するのが安心です。
服装は、動きやすく汗をかいても乾きやすいアウトドアウェアがおすすめ。
日帰りなら、小さめのリュックに飲み物・軽食・レインウェア・モバイルバッテリー程度があれば十分です。
大切なのは「無理をしないこと」と「楽しむ余裕」。
疲れたら引き返せばいいし、今日は景色が見られただけでOK、そんな気持ちで山を歩くと、驚くほど心が軽くなります。
気持ちよく歩けたら、それでもう100点。
そんなフラット登山なら、きっと誰でも始められます。